君と私の現象学
〜哲学装置の解体・あるいはmonado氏との対談


 全国のmonadoファンの皆様、お待たせいたしました。特別企画monado氏との対談のコーナーです。「monado」この名を楽しみにSF同好会会誌を繰る方も多いのではないでしょうか?曇りなき論理の経糸に綾なす奇想の横糸、編まれた書物はさしずめ極彩色の光を放つ綺麗な地獄…本稿は「超学生級」と誉も高いmonado氏の解体新書でございます。はてさて、「作者」という仮面を脱いだ氏の実態やいかに?…あらかじめ言っとくが、「イメージ崩れた」とか言っても知らねェぜ。


 対談前にmonado氏に関する基礎知識をおさらいしておきましょう。monado氏は茨城大学に籍を置かれているわけではありません。現在はG大学大学院を休学中で専門は情報工学、卒業研究に囲碁のプログラム「爛柯」の開発をされております。SFφで書くことになったきっかけは俺が原稿を書くのを拒否、その代わりに個人的な友人である氏に小説を依頼した、というわけなのです。つまり、悪いのは全部僕です。
それでは、VJは編集の俺がお送りいたします。





平成十五年 三月二十九日
演劇実験室◎万有引力「青ひげ公の城」開演まであと1時間
東京都渋谷区のマクドナルドにて




◎宇宙開闢、すなわち…

俺:おはようございます。本日のゲストは俺呼んで、「万有博士(ドクトル・ウニヴェルサリス)」ことmonadoさんです。本日はどうもお忙しい中ご苦労様です。

monado(以下M):monadoです。どうもおはよう。そういえば俺マクドナルドに来るの生れて初めてなんだよね。

俺:マジですか。二十四にもなってそれもどうかと。

M:で、対談て何するの?

俺:まあ本当はさっきから喋ってるんですけど、一応ここから始めるっていうことで。まあ対談というか、俺が適当に用意してきた質問に答えたりしてもらいたいんですが。

M:じゃあまあ、何か言ってみてくれ。

俺:「少年時代はどんな風にすごされてましたか?」

M:なんだよそれ。

俺:いや、作家の幼年時代ってのはトラウマがあったりとかして人格形成に大きく関わっているんじゃないかと勝手に。

M:うーん…目を瞑ってロードランナーがクリアできた。

俺:ロードランナー。ではやっぱり氏もファミコンしてたわけですか?

M:いや、パソコン版。俺んちファミコン無かったんよ。この盲目クリアでちょっとは名が通っていたね。

俺:いかにも子供のアイデンティティって感じで微笑ましいですね。monado氏といえば物凄い読書家というイメージを皆さんお持ちかと思うんですが、子供の時から書物にかじりつくような生活を?

M:いや。小学校で乱歩を全部、中学校で星新一を全部読んだ以外は全然。

俺:それはちょっと意外ですね。僕は氏なら子供の時から*日本三大ミステリーくらい読破しててもおかしくないと思ってたんですけどね。じゃあトラウマは諦めて次の質問。「小説を書き始めたのはいつですか?」

M:本格的に始めたのは二十歳前後。大学編入が決まってからだね。暇になったし、J・A・シーザーのホームページでも作るかな、と思ってそのコンテンツ用の穴埋めに書き出したのがすべてのはじまり。

俺:へえ。オマケだったんですか。それは初耳です。

M:今じゃえらい事になってるけどね。

俺:そういえばあと二日で休学も終了じゃないですか。これからどうなされるおつもりで?

M:復学して卒業研究するよ。まあ休学していても毎週研究室には行ってたけどね。

俺:確か…「俺来年で社会に出るの嫌だ」で一年間休学したんですよね。生活費とか自分で稼いで。

M:時給二千円のバイトパワーだね。おかげで一ヶ月に一万ページ本読んだときもあったよ。

俺:で、卒業のあとはどうなされるご予定で?

M:会社を作ろうかと思ってる。

俺:へえ!会社ですか!またどんな感じの?

M:いわゆるIT系だね。社名は「有限会社*ライプニッツ」。

俺:(爆笑)それ面白い。

M:社是は「モナドには窓が無い」。

俺:爆笑ですが、読者の大半は付いてきていないと思います。…じゃあ質問に戻りますか。これはズバッと聞きます。「小説家になられたりはしないのですか?」

M:…なれれば一番いいと思うけど…正直無理だろ。

俺:確かに、受け入れてくれそうな出版社がどこなのか悩みますね。講談でもスニーカーでも、いわんや電撃でもない。心から小説家デビューを望んでおりますが…とりあえず僕は自費出版でも待ちますか。そのうちにお願いします。


注釈
日本三大ミステリー…小栗虫太郎『黒死館殺人事件』、夢野久作『ドグラ・マグラ』、中井英夫『虚無への供物』。日本に生れたんだから全部読みましょう。
ライプニッツ…ゴットフリート・ヴィルヘルム・ライプニッツ。十七世紀ドイツの哲学者。あらゆるものは最小単位「単子」から成り立っているとした。




◎増殖、臓食、僕らのカンケイ

俺:じゃあここらで思い出話に入りますか。僕らが会ったのはまだ*マジックやってた時ですよね。龍文堂で。

M:あそこは地で「スタンド使いはスタンド使いにひかれあう」を体現していた所だったね。

俺:僕はずっと「ああ、この人面白い人だなぁ」って思ってたんですけど、なかなか親しくなる機会が無かったんですよね。

M:そうだったっけ?

俺:僕の記憶では、たまたま荒木飛呂彦まんがの話をしたら異常に盛り上がったのがキッカケだったかな、と。

M:ああ、*「ダブルだ。」とか「よく出来たスープだ!静脈注射したいくらい!」とかね。

俺:そうそう、その後ジャンプの十週打ち切り漫画の話でもまた凄い盛り上がって…

M:あの時俺はカス漫画研究会作ってたからね。

俺:えーっと、『ファイアスノーの風』、、『大相撲刑事』、『Voice!』、『かおす寒鰤屋』、『菩薩と不動』、『画―ROW』……『竜童のシグ』は全一巻でしたっけ?

M:アレは全二巻だね。ジャンプ誌上ではラスボスと戦う部分がすべてカットされて。キングクリムゾン!

俺:あ、全一巻は『柳生烈風剣連也』でしたね。野口賢。

M:『暗闇をぶっとばせ!』を忘れちゃいけねえよ。タランチュラ、コレ基本。

俺:ア―ッ!あったあったそんなの!

(二人ともしばらく話に没頭)

俺:じゃまあカスマンの話は一息ついて、次の話に行きましょう。「お母様について何か面白いエピソードを」。

M:なにそれ。

俺:いや、氏のお母様は俺の人生で最強の母上なもので。

M:(笑いながら)そうなの?

俺:初めてお会いした時も渋谷でしたね。それもすぐそこ。「記憶の地下想像力」観るために並んでた時にお話をしたんですよ。見た目はお若いな…と思ってたら突然「あ!あそこ歩いてる人、『トイレット博士』に出てくるなんとかさんに似てるわ!…あらやだ、年がばれちゃうわ。オホホ。」と。もう年って言うか、むしろお前何者だって。

M:まあ…確かに普通の母親ではないわな。

俺:そう、あと「家の雑用にマルチ一台ほしいわ」発言と「でも萌えるのは先輩」発言。…失礼ですが、お母様のお歳は確か四十八歳でしたよね?

M:ああ、あったねえ。そんなこと。

俺:そうそう「色々見たけど怪奇大作戦が一番面白い」とも。

M:あ、思い出した。昔母上が中学校の時に描いた絵を見せてもらったんだよ。タイトルは「火を囲んで楽しい生活」。タイトルは楽しそうなんだけど、
これが超怖ぇ。マジ抽象画。

俺:そうでしたね。母上様は絵が好きなんですよね。お家に泊まらせてもらったときに僕好きな絵の遍歴を聞かせてもらったんですよ。確か小学で*マン・レイ、中学でファン・ゴッホ、高校で浮世絵だったとか。いやあ本当に、あの母にしてこの子ありって感じです。

M:最近母上はスペイン語とフランス語とドイツ語講座を同時に取っているらしいよ。あと新幹線のなかで小学生の女の子が*『愛人』を読んでいたから一言注意しようと思ったけどやっぱり出来なかったと。

俺:色んな意味で好奇心旺盛ですね。そう言えば正月に母上様から年賀状を頂いたんですよ。「部誌読みましたよ」って。つーか、あれに描いてある絵も凄いですね。

M:ああ、それはマウスで三十秒くらいで描いたヤツだって言ってたパラグアイ代表のサッカー選手「ロケ・サンタクルス」。いま母上がもっともはまっている男。

俺:そういえば「パラグアイの選手を応援するにはパラグアイの歴史を学ぶ必要がある」とか言ってられてましたねェ。それはそうとアレが三十秒!…いやあ、センスの人なんですなァ…



注釈
マジック…マジック・ザ・ギャザリング。面白いが物凄く金を食うカードゲーム。龍文堂は新潟県長岡市にある模型店。
ダブルだ…荒木飛呂彦「武装ポーカー」。もうひとつは「バージニアによろしく」。
マン・レイ…ダダイスム?の写真家。マルセル・デュシャンのおともだち。近代的デザインの先駆者でもある。
愛人(ラ・マン)…マルグリット・デュラス著。戦前のサイゴンで愛人と暮らしていた体験をもとに書いた小説。映画版は過度の性的描写が問題に。




◎胸像(トルソ)を穿つ鑿

俺:じゃあぐっと砕けた質問を。「最近のブームは何ですか?」

M:「おぎやはぎ」と「さまァ〜ず」のコント。あと母上も見てる日曜朝八時からの「仮面ライダー555」。で、俺はそのまま八時半からの「明日のナージャ」も見てる。最初*アンドレ・ブルトン原作かと思ったね。

俺:誰にもわかりませんよそれ。

M:普通のアニメです。お子様も安心。

俺:じゃあ次。「『俺はこれで俺になった』って言うものはなんですか?」

M:どういうこと?

俺:人格形成に影響を与えたと思われるもの何でも、ってことです。

M:さっき言ったのと被るけど、奇想は乱歩から。何にでもオチをつけたがるのは星新一から。衒学的なのは『黒死館殺人事件』から。あとは*高山宏大先生だね。で、やっぱり天啓を受けたのは*J・A・シーザー。

俺:僕、よく考えるんですよ。monadoさんと出会わなければ絶対シーザーを知らずに一生を終えていたなぁって。まあそれはそれで始原の意味で幸せに生きれたかなぁ、とも思いますけど。時に*『ウテナ』はどういう経路で見るハメになったのですか?

M:突然母上がビデオ屋から借りてきた。

俺:また母上様ですか。

M:初めて「絶対運命黙示録」を聞いた1時間後にはもうサントラ買ってたからね。アレは俺史上最速だった。

俺:で絨毯爆撃で布教活動した際に、俺が引っかかって…教唆というか、啓蒙というか…まあ、洗脳されたわけですね。

M:そういうことだね。

俺:件のブルトン先生も、「偶然の出会い」は最も美しいものだと賛美しております。シーザーなくして寺山なし。寺山なくしては今の俺も無いわけです。イヤでも本当に、もっと楽に生きれたような気もするなァ…



注釈
アンドレ・ブルトン…二十世紀の芸術、思想活動・シュルレアリスムの発起人にしてリーダー。ちなみに、氏が言っているのはブルトンの『ナジャ』。
高山宏…東京都立大学英文学教授。その知的好奇心は留まるところ無し。マニエリスムが大好き。ちなみに一人娘の名前は「アリス」ちゃん。
J・A・シーザー…演劇実験室◎万有引力の座長。脚本、演出、音楽を主に担当。その呪術的なロックは海外でも評価が高い…なんてくらいじゃ言い足りないほど我々はのめり込んだ。むしろ氏は一介のファンとは既に言いがたいレベル。
ウテナ…少女革命ウテナ。九十七年に放映したテレビアニメ。シュールな演出が一部で話題に。決闘シーンで流れるJ・A・シーザーのオリジナル合唱曲はまさに必聴。もし観たことの無い人がいたら、悪いことは言わないから観ておきなさい。





◎日蝕、月蝕、運命占い

俺:では最新作、「二人のリア」についてお聞きしたいと思います。書き上げての感想は如何なものですか?

M:やっちゃった、と。

俺:僕が読んだ感想なんですけど、「今度こそ読者がついてこれない」でしたね。マジ*構造主義(ストラクチャリスム)。これ僕は過去最高のヤバさだと思うのですが…犯行の動機とか。

M:最初はもっと原作通りに進めて解りやすいラストにする筈だったんだけどねえ…書き始めている内に悪魔が囁いてきたんだよ「お前が一度でも読者のことを考えて小説を書いたことがあるのか?」って。で、速攻で屈した。

俺:ハハハ。納得です。じゃ、ここでちょっと意地悪な突込みを。結構キャラが放りっぱなしのままに小説が終わっているような気がするんですよね。例えば、剣時子なんかは月蝕篇ではもっと動くキャラなのかな、と思ったんですけど、再起不能のままでしたね。っていうか、ほぼ全員再起不能?それには何か意図が?

M:うん、物語自体はもう日蝕篇で終わっているからね。あれ以上はもう何も起きないんだよ。月蝕篇は言ってみれば日蝕篇の舞台裏なんだ。ただ淡々と真相を明かすだけ。だから全員、原作通りに何の救いも無いまま終わる。

俺:ははあ。言われてみれば確かに。

M:月蝕篇は舞台裏だから、時間軸がバラバラにならざるを得なかった。自分で補完しながら読まないと解らないようになっちゃってる。

俺:あ、僕も最初戸惑いました。

M:あとはいつもの事だけれども、俺にしかわからないようなことを死ぬほど詰め込んである。

俺:例えば?

M:日蝕篇と月蝕篇、両方とも「姓」って言う漢字で始まってるでしょ。あれは最後の台詞に響いていて、ある種の円環構造になってる、とか。

:うわあ。そりゃ絶対解りませんな。

M:あとは、「世の終わりのための前奏曲」はメシアン作曲「世の終わりのための四重奏曲」のもじりだし、千鶴の幻聴はちゃんと日本語の原文があって、発音を英語の擬音語に置き換えてるだけだし、「百合の葬列」は松本俊夫監督の「薔薇の葬列」のもじり。映画版ドグラ・マグラの監督ね。

俺:へええ。

M:執筆当時は文芸批評理論にはまっていたから、二十二章の「白百合シーズン」には文芸批評の用語がたっぷり。ルビ振るのが大変だった。あとは最後の読点ゾーン。一太郎は読点の修正機能が働くから調整に大苦戦。すげえ面倒臭かった。

俺:そういえばあの最後の文はなんて書いてあるんですか?*「ジャック・デリダ」しか読めないんですけど。

M:ああ、デリダの「テクストの外には何も無い」の原文。まあお遊びだね。

俺:じゃあついでにある意味一番ヤバい二十二章について。筆がのっている印象をうけますが、どんなもんでしょう。

M:あそこは…ストレスを発散させてもらったね。もう思いつくままに。あとタイトルには*「ユリシーズ」が隠れてるんだけど、気付いた?

俺:あ!本当だ!全然気付きませんでした。

M:むしろ俺君が読んだ感想は?

俺:僕は*「ギボン」で笑いましたね。ヘリオガバルス!あとこいつ*『フィネガン』読んでるんかと。

M:途中で文字化けしてるところ、あるじゃない。あそこをエンコードするとちゃんと犯人の名前になるよ。

俺:あ、やっぱりそうなんですか。なんと言うか、そんな気がしました。monado氏ですもの。



注釈
構造主義…フランスの哲学者、ミッシェル・フーコーとレヴィ・ストロースを中心とする思想、文化を構造的に捉える思想様式。
ジャック・デリダ…フランスの現代哲学者。脱構築(デコンストラクシオン)が大好き。
ユリシーズ…アイルランドの文学者、ジェイムズ・ジョイス著。なんかものすごい本。余談ですが、アイルランドの文人にはキてる人が多いです。
ギボン…エドワード・ギボン。大著「ローマ帝国衰亡史」の著者。その中で描かれている少年皇帝、またの二つ名を「狂帝」ヘリオガバルスの過美で糜爛なデカダン趣味を三島由紀夫と澁澤龍彦が絶賛。
フィネガン…フィネガンズ・ウェイク。アイルランドの文学者、ジェイムズ=ジョイスが書いた二十世紀文学史上最大の奇書。手にとってもらえれば、君にもその凄さがわかるはずだ。一目で。お部屋のインテリアに最適。





◎宇宙収斂、すなわち…

俺:次回作の構想とかはありますか?

M:もう長編はいいや。あと女にも飽きた。

俺:作中*サッフィズムな描写があるじゃないですか。あれくらいのエロシーンが出来るなら、次はやおい小説なんて如何なものでしょう。

M:いや、書いてみたいとは思うんだよね…とりあえず今やれそうなアイディアとしては「*ボルヘスによるドラクエT」。

俺:凄すぎるタイトルですね。

M:あとついさっき思いついたタイトル「拝啓ミナゴロシ」。

俺:?「バックグラウンド」の背景ですか?

M:いや。「拝啓」。英字タイトルで「Deear on the Gold」。「Deear」
は「拝啓―dear」と「鹿―deer」の合成単語。ほら、「鏖」って「金」の上に「鹿」が載ってるでしょ?

俺:そういえば、monado氏は小説を書き出すときにまずタイトルを決めるんですよね?

M:うん。タイトルがまず最初。で、それに会うような中身を考える。タイトルだけだったらまだたくさんあるよ。「暗黒街のスピノチスト」「二人称の暗殺者」「記憶術師 ――世界をあまねく記憶せよ」「すべて赦されしもの」「虚空蔵菩薩求聞持法(こくうぞうぼさつぐもんじほう) の書」…

俺:毎回のことながら、よくもまあそれでこんな緻密な小説をかけるもんだと本当に感心します。…時間も無くなってきましたので、最後に読者の皆さんに一言お願いできますか。

M:頑張ってついてきてください。

俺:それではどうも今日はありがとうございました。

M:ありがとうございました。

俺:…じゃあ、「青ひげ」観に行きますか。


注釈
サッフィズム…いわゆる「レズ」と同義。語源は七世紀エーゲ海はレスボス島の同性愛女性詩人・サッフォーから。
ボルヘス…ホルヘ・ルイス・ボルヘス。アルゼンチン生れの盲目の文学者。迷宮が大好き。『伝奇集』は必読。

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