ローカルROADSIDE IBARAKI
〜あるいは比翼の斑鳩〜
―仕様説明―
過去は我々の記憶の内にしか存在せず、
其処はいつでも凍結の荒野だ。何も彼も燃えたまま凍っている。
世界を満たすその炎、それは偶然ではないだろうか?
思うに世界には偶然しかない、
そして嗚呼・・・偶然の何と詩に似ていることか。
2002年、夏の一大叙事詩。
Prologue
巻雲−Cirrus−
夏休みに俺んちに八王子から遊びに来た某知人がチャリを4900円で購入。
なんでも向こうはチャリの最低ラインが1万円だとかで。
某知人「宅配料金は3000円くらいで見積もっとけば大丈夫でしょ。」
店の人「1万4千円になります。」
完全に沈黙。
なんでもチャリってのは引越しパック扱いになってしまうのだそうな。
まあ高い授業料だったな、と慰める振りをして心で笑う。
9月15日(日)
バイトに行ったら支配人に「ゴメン、木曜日バイト休んでくれ」と言われた。
まあリードの台所事情も大体わかってるので快諾した。
…って、アレレ? なんだか降って湧いた二連休が出来ちゃったな。
二日あればなんかできそうだよなァ…
バイト後。
某知人から電話。 内容はいつものように与太話であった。
が・・・
某知人「暇なら八王子までチャリ漕いで来てよ。 帰りの電車賃くらい出すからさ。 ハハハ。」
俺 「(これだ。)」
我、生きずして死すこと無し。理想の器、満つらざるとも屈せず。これ、後悔とともに死すこと無し。
Chapter:01
理想−ideal−
嗚呼・・・・・・斑鳩が行く。
望まれることなく、浮世から
捨てられし彼らを動かすもの。
それは生きる意思を持つ者の
意地に他ならない。
9月18日水曜日 AM7:30。
身とドリキャス一つ持って家を出る。
行き先は東京都、八王子市。
詳しいルートは土浦までしか調べてねえ。
国道6号を下りつづけるというアバウトなプランの下、今光の戦士俺が旅立つ。
俺 「東京まで100kmくらいだから、チャリのMAX速度を20km/hとして5時間か。
まあ飯食う時間とかもあるだろうし、倍の10時間と考えればいいかしら。」
実にアバウターです。
俺 「んー、昼間暑くなるだろうし、格好は半袖、端パンにサンダルでいいか。
ああっと! 返すものとはいえ、今日長々とこのチャリと付き合うわけだから名前くらい付けねえと・・・
よし、飛鉄塊『銀鶏』(ヒテッカイ・ギンケイ)。」
そんなアバウテスト俺に、もし出来るのなら今の俺からひとこと言ってやりたい。
今の俺「お前、決断力しか無ぇよ。」
嗚呼・・・・・・俺が行く。
水戸市赤塚を過ぎ、内原へ突入した地点で突如出現した施設。果たしてその建造目的は?
しかし俺はいってみなかった。
Chapter:02
試練−Trial−
自らの意志が、強固であるほど
様々な試練に苛まれるものだ。
無論、試練を目前に避ける事も
出来れば、逃げる事も出来る。
だが、試練の真意は、そんな己
の心を克服することにある。
尻が痛い。
現時刻PM12:50。
朝飯と自販機でジュースを買った以外は全く休憩なし。
長いこと休むと二度と漕がないような気がしたからである。
しかしまあよろっと昼飯も欲しくなってきたので発見したサイゼリアで軽くペペロンチーノなんぞたのんでみる。
食いながら寝た。
そうだよな、よく考えたら今日6時間しか眠ってないしなァ・・・
だがここで寝ちまったらもう起ちあがる気力はあるまいて。
グラァ。
ふらつきながらサイゼリアを出る。
出口の「真剣ヘルシーフード」というキャッチを「真剣ヘル シーフード」と一瞬勘違いした。
外は暑い。 クーラーで引いた汗がまたにじんでくる。
ぬぐおうとする俺。
ジャリッ
あん? 何だ? ホコリでも顔についてたか?
手が白い。
やたらと見覚えのあるその白いヤツを舐める俺。
俺 「し・・・塩だァーーッ! 俺塩・・・ いや! 俺の塩だ―――!!」
どう考えても俺エキス100%。
まさに真剣ヘル・シーフード。
なんのこっちゃ。
いやマジ驚愕した。
土浦市一歩手前、神立にて。
さて、どっからツっこんだらいいもんでしょうか。
土浦市にて。ふらっと通った川縁に立てられていた看板。
<仮説>酔狂な人が蟻塚とかに名前を付けた。
牛久市にてトライフォース発見!!
ていうかコレ何屋?
藤代市にて。長い長い坂を登るとそこにはペットショップが。
街路樹を植えるゾーンから僕らの心に高め外角デッドボール。
茨城県南端、竜ヶ崎市にて。俺の茨城エクソダス成功を祝う河童のラインダンス。(シャア専用)
ドット絵と赤いボディが眩しい。
「小浮気」と書いて「こぶけ」と読む。
ってことはさ、少女漫画雑誌の「ぶ〜け」ってのは「浮〜気」なのかしら?
俺のターンから行きそうなパチンコ台販売店。
ちなみにこの時目の前の道路を「今日も元気よく ありがとう やすらぎ号」と書かれたバスが通った。
Chapter:03
信念−Faith−
浮世に絶対などというものは
無く、理不尽な思いを胸にして
途方にくれる時もある。
それを乗り越える為には、確固
たる信念と洞察、そして幾分か
の行動力を持つ必要がある。
スゲエ尻が痛い。
漕ぎに漕いだり。 ついに東京入りを果たす。
現時刻PM4:30。
いやあ、あの無計画さでよくもまあここまでこれたもんだ、と自画自賛。
八王子は新宿の先なので明るいうち、速やかに首都圏を抜ける事にする。
が、ぎっちょんちょん。
葛飾区で迷子になる。 助けて両さん!
迷いに迷った挙句、気付けば目の前には雷門が。
もうワケわかんない。 ええい、何でもいい。 靖国通りをとおって新宿まで行く計画に切り替える。
が、ぎっちょんちょん。
ここで俺の演算能力を越えた出来事発生。
そう、夏休み真っ最中の俺すっかり忘れてましたけど、今日って平日なんですよね。
で、東京圏でPM5:00を過ぎるとどうなるか?
A:スーツのサラリーマンがワラワラと登場。
道を埋めはじめる。
コイツは参った。 チャリが漕げねぇ。 降りて歩くハメに。
くう・・・大幅タイムロス。 太陽は待ってくれないのであった。
PM6:45
新宿ルミネ前到着。
スーツのサラリーマンや威勢のいいにーちゃんやらねーちゃんの中に混じって、
一人だけ半袖、短パン、サンダルにママチャリといういでたちの男が居た。
どう見ても地元の人だったね。
夢にも俺が水戸から来たなどとは思うまいて。
もう間もなくゴールのはず。
新宿を抜ければ八王子まではそんなに離れてはいない
・・・気がしていたんですよ、俺には。
<例の青い看板>
↑八王子 39km
マッハ萎える。
僕今すぐここででも倒れられますよ?
チャリうっちゃって電車に乗ろうか真剣に考えた。
・・・俺あと3時間もチャリ漕ぐの?
検討したり見当したり健闘した結果、覚悟完了。
あと一息じゃねーか!
漕ぐ! 漕ぎきってやるゥ!!
思わず高校の体育の先生がいつも着ていたTシャツに書いてあった言葉が思い浮かんだ。
「死ぬまでやっても絶対死なない」
嗚呼、最後に人を救うのはやはり言葉なのです!
しかし、ここからが死の行軍であったなどと、どうして俺に知り得ることが出来ただろうか・・・
Chapter:04
現実−Reality−
そして、現実はその姿を現す。
何を求め・・・・・
何を見て・・・・・
何を聞き・・・・・
何を思い・・・・・
何をしたのか・・
死(略)尻(略)。
最早洒落にもならない疲労困憊。
現時刻PM8:30。 八王子まであと15km。
この距離ならば飛ばせばあと1時間で着く。
うおお、気合だ! 終わらせてみせるッ!!
ですがコンビニで見た俺の顔は眼のくまが頬骨まで降りてきていたわけで。
死人の顔というのはこういうのを言うのだろうか。
店の人が随分心配そうな目で俺を見る。
ヘッ・・・同情してくれるだけでもう十分でさあ・・・
泣いても笑ってもあと15km。
うおお気合だッ! 覚悟完了ッ!!
俺 「正真正銘! 最後の栄養補給だ!
これより静止時間1時間以内にカタをつけるッ! ザ・ワールドッ!!」
漕いだ。漕いだ。俺は漕ぎまくった。
そして30分後。
<看板>
ようこそ ※国分寺市へ
※八王子の北東。
本気で心が挫けた。 折れた。 負けを認めた。 ダービィーーッ!
マジで泣きそうになったよ。
どうやらコンビニで気合を入れた際に、90度射出角度を間違えたらしい。
「しょりぼーん」
夜の国道14号に俺の声がこだまする。
萎えた。 俺は萎えた。
帰れるもんなら水戸へ帰りたい。
しかし・・・こんなところで落ち込んでいても誰も助けてはくれまい。
いや、助けの施しようがあるまい。
・・・そうよ! 俺はポジティブシンキングしかできない男!
どうもこういうタイミングで行うポジティブシンキングは昔から碌な事にならないとは思いつつも、
俺 「うおお、マン・イン・ザ・ミラー、最後の力を振り絞れええェェェッ!!」
どうにかこうにか立ち直れた(ような気になった)俺であった。
漕いだ! 俺は漕いだ!
今までの遅れを取り戻すべく、疲れた体に鞭打ち事故必至の速度で夜の東京(殆ど山梨)を疾駆した。
1時間後。
<看板>
↑この先※青梅街道
※八王子のずっと北。
「しょりぼーん」
走ってやる! 死ぬまで走ってやるゥ!!
もはや一人走れメロス状態。
つうか汗が冷えてリアルで寒かった。
寝たら死ねた。
それ故に・・・悔いの残らぬよう、やり遂げなさい。
我、生きずして死すこと無し。理想の器、満つらざるとも屈せず。
これ、後悔とともに死すこと無し・・・
わかっていたはずだった・・・私たちは、自由を見れるかしら?
PM10:30
ついに八王子入りを果たす。
疲労のあまりもう随分さっきから独り言ばかり言っている俺。
だって話し相手俺しかいないんだもん。
俺 「もう俺超カッコいい! 超イケメン! 超ジューシィー!」
案の定すれ違った人に変な顔された。
PM11:00
ついにゴール到着。
つらい、と言う言葉で済ますにはあまりにも苦しい旅路であった…
傷ついた俺を優しい某知人の言葉が癒してくれる…
某知人「あんたどこにでもいない馬鹿だよ。」
俺だって! 俺だってなあ! 自分が馬鹿な事くらい知ってたさ!!
ただ今回ばっかりはもう自分の馬鹿さ加減にほとほと愛想が尽きた。
−Battle Report−
1日で漕いだ総距離:160km
1日の総休憩時間:0.5時間
チャリを漕いだ実働時間:15時間
補給した水の総量:6.2リットル
<各部損傷報告>
・握力減退。
・上半身の筋肉酷使。
・下半身言うに及ばず。
・シャツで乳首が擦り切れる。
・トランクスで袋が擦り切れる。
・全身塩まみれ。
・夜寝たらマルホランド・ドライブの夢を見た。
・激烈な筋肉痛が起きる。 二日後に。
・痔になったっぽい。
まさに戦いであった…
しかし皆さんの中には、「あいつに出来て俺に出来ないわけが無え」と思われる方が居られるかもしれません。
嗚呼、苦難を求める若さの咆哮をどうして俺なぞが阻む事が出来ましょうか!
されど、一応の先輩として忠告は致しましょう。
やらねーほうがいい。
Final Chapter:
輪廻−Metempsychosis−
やがて一つの因果は、その意志
を元の場所へと回帰させ、記憶
の深淵に刻まれた起源の意識を
思い起こさせるだろう。
故に、斑鳩は行く・・・・・・
一週間後。
某知人から電話。
某知人「チャリが全力失踪した。」
「これで・・・良かったのか?」
「大丈夫。何時かきっと分かり合える日が来る。」
「そして、遠い未来へ・・・命は受け継がれるから。」
今回得た壮大な教訓。
チャリは天下の回りもの。
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